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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)64号 決定

抗告人

武藤矩義

右代理人

馬場一廣

杉政静夫

龍博

相手方

細野みつ子

右代理人

戸田等

主文

一  原決定を取消す。

二  抗告人が本決定送達の日から一〇日以内に金一〇万円の保証を立てることを条件として、次の仮処分を命ずる。

「相手方は、別紙物件目録(二)記載の建物部分につき、別紙仕様書に基き別紙図面一、二記載の増築補修を要する部分の工事をせよ。」

三  本件申請費用及び抗告費用は、相手方の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、主文一、二項同旨であり、その理由は次のとおりである。

1  被保全権利

抗告人は、別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物」という。)のうち同目録記載(二)の建物部分(以下「本件建物部分」という。)の賃借権を有し、現に占有使用している。

即ち、抗告人は父武藤次郎と共に昭和三七、八年ころ相手方から本件建物部分のうち一階一号室を賃借し、父武藤次郎が昭和五五年一月七日死亡したので、その共同相続人の協議により、抗告人が右一号室の単独賃借権者となつた。次に抗告人は、昭和四三年相手方からさらに本件建物部分の二階六号室を賃借し、爾来抗告人及びその家族が右一、二階二室を一体として使用している。賃料は、昭和五六年八月現在で一か月につき一号室一万三〇〇〇円、二号室一万五〇〇〇円であつた。

2  保全の必要性

しかるに相手方は、本件建物を取毀して跡地を駐車場とするため、本件建物が老朽化して漏電、ガス漏れのおそれがあると主張し、抗告人に立退きを要求して、昭和五六年一一月二一日一方的に突如本件建物を取毀し始め、三日間で本件建物部分を除くその余の部分(西側部分)を全部取毀した。本件建物はもともと東西に細長い建物であつたが、右取毀しにより、南北に細長い本件建物部分だけが残存することとなり、地震や風により東西の横揺れがひどくなつてしまつた。しかも右取毀しによるむき出しの断面から容赦なく風雨が吹き込み、このため天井からの雨漏りもひどくなり、内壁にも雨水が浸透し、雨曝しとなつた二階への階段は滑り易く転落の危険もある。相手方は、抗告人の度重なる補修補強要求に対し、本件建物部分が居住に耐えうるよう補修補強の意思を有しているとして、昭和五七年一月二五日世田谷区建築主事に対し、本件建物部分につき、別紙図面一、二記載のとおり、補修補強として、増築、補修部分を特定明示して建築確認申請をなし、その旨の許可を受けたが、その後今日まで僅かにむき出しの外壁の一部に下張りの板を打ち付けた程度で、その補修補強工事は放置され、殊に台風の襲来の際には、取毀しによるむき出しの壁面から風雨が激しく吹き込んで天井の全面から雨漏りし、かつ横揺れも激しく、その補修、補強工事は緊急を要する。抗告人は近く相手方に対し、本件建物部分の補修補強工事の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その勝訴判決の確定を待つていては、抗告人及びその家族の生命、身体及び財産に対し回復し難い損害を被るおそれが多分にある。

3  よつて、抗告人の本件仮処分申請を保全の必要性がないとして却下した原決定は失当であるから、これを取消し、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求める。

二当裁判所の判断

1 本件記録によれば、抗告人主張一1の事実(抗告人が相手方から本件建物部分を賃借し現に占有使用している事実)が一応認められる。

2  さらに、本件記録によれば、本件建物は一、二階各四室に区切られ、相手方が賃貸アパートとして利用していたが、老朽化して来たためこれを取毀して跡地を駐車場として利用することを企図し、昭和五六年一一月二一日なんら抗告人の了承を取りつけることなく、突如本件建物のうち空室となつた部分の取毀しを始め、三日間で本件建物部分を除くその余の部分を取毀して撤去したこと、このため、本件建物部分の西側断面はむき出しとなり、そこから風雨が吹き込んで天井から雨漏りし、むき出しとなつた内壁にも雨水が浸透し、殊に台風襲来時には、天井裏などに激しく吹き込む強風により侵入した雨水が天井の全面から夥しい雨漏りとなつて落下し、家具調度類を汚し、さらに、本件建物部分の震動、横揺れも従前より大となり倒壊の危険なしとしない状況にあり、相手方が本件建物部分の補修、補強をせずこのまま放置した場合、本件建物部分は居住の用をなさず、抗告人及びその家族の生命、身体及び財産に対し回復し難い損害を与えるおそれがあり、その補修補強工事を緊急にする必要があること、他方相手方は、本件建物部分の補修補強工事の必要性を肯認し、昭和五七年一月二五日世田谷区建築主事に対し、本件建物部分につき補修補強部分を別紙図面一、二記載のとおり増築、補修部分として具体的に表示し、建築確認申請をし、同年三月一〇日確認通知を受けたこと、本件建物部分の差し当つての補修補強工事としては、右程度をもつて足り、右程度の補強、補修工事の仕様は、別紙仕様書記載のものをもつて相当とすべきであること、ところがその後抗告人の再三の要請にも拘らず、今日に至るも本件建物部分の西側断面に下張板を打ち付けた程度で、その補修補強工事をすることなく放置していることが一応認められる。

3  以上の事実関係によれば、本件仮処分申請については、被保全権利及び保全の必要性があり、本件仮処分申請を却下した原決定は失当であつて、取消を免れない。

4  よつて、抗告人の本件抗告は理由があるから原決定を取消し、抗告人が本決定送達の日から一〇日以内に金一〇万円の保証を立てることを条件として、相手方に対し本件建物部分につき別紙仕様書に基づいて別紙図面一、二記載のとおりの増築、補修部分の工事をすることを命じ、本件申請費用及び抗告費用は相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(川添萬夫 鎌田泰輝 相良甲子彦)

物件目録

(一) 東京都世田谷区羽根木一丁目一〇〇〇番地一

家屋番号一〇〇〇番二

居宅 木造瓦葺二階建

床面積 一階 80.99平方メートル

二階 84.29平方メートル

(二) 右建物のうち別紙図面一記載の一階一号室17.55平方メートル、二階六号室18.36平方メートル及び階段等の共用部分約2.5平方メートルの建物部分。

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